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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3236号 判決 1971年10月28日

原告 長尾桂八郎破産管財人 服部豊

被告 遠藤堅

右訴訟代理人弁護士 永井恒夫

被告 花井利株式会社

右代表者代表取締役 花井周吉

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 酒井俊雄

右訴訟復代理人弁護士 大橋茂美

同 村橋泰志

主文

被告花井利株式会社は原告に対し金四六万九、六二六円及びこれに対する昭和四三年一〇月二七日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被告原田株式会社は原告に対し金四七万八、三九〇円及びこれに対する昭和四三年一〇月二七日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被告遠藤堅は原告に対し金一二〇万円及びこれに対する昭和四三年一〇月二七日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

この判決は第一、二、三項にかぎり仮に執行することができる。

事実

一、請求の趣旨

被告遠藤堅は原告に対し金三四一万五、四一八円及びこれに対する昭和四三年三月二二日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被告花井利株式会社は原告に対し金一五〇万二、二二八円及びこれに対する昭和四三年三月二二日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被告原田株式会社は原告に対し金一八三万三、四五五円及びこれに対する昭和四三年三月二二日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

三、請求の原因

(一)  訴外丸万商店こと長尾桂八郎は婦人子供服地の卸販売を業とする者であったが、昭和四三年三月二五日一般の支払を停止し、同年七月一五日午前一〇時名古屋地方裁判所において破産宣告を受け、同日原告が破産管財人に選任された。

(二)  破産者は支払を停止した三日前である昭和四三年三月二二日、他の破産債権者を害することを知りながら破産者の債権者である被告らに対して次のような行為をなした。

1  破産者の債権者である被告花井利株式会社に対して合計金一五〇万二、二二八円相当の別紙第一記載の商品を同被告に対する債務の弁済に代えて譲渡した。

2  破産者の債権者である被告原田株式会社に対して合計金一八三万三、四五五円相当の別紙第二記載の商品を同被告に対する債務の弁済に代えて譲渡した。

3  破産者の債権者である被告遠藤堅に対してその明細は不明であるが合計金三四一万五、四一八円相当の商品を同被告に対する債務の弁済に代えて譲渡した。

(三)  右の破産者の行為はいずれも破産法七二条一号又は四号に該当する行為であるから原告は本訴において右の各代物弁済を否認する。

(四)  しかして被告らが破産者から代物弁済として交付を受けた右の商品はすべて第三者に転売されて右の商品を返還することが不能となっているので、原告は被告らに対しそれぞれ(二)記載の被告らが交付を受けた商品の代金に相当する金員及びこれに対する被告らが右の商品の交付を受けた日である昭和四三年三月二二日から各支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、請求の原因に対する答弁

(一)  請求の原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は否認する。

被告らは破産者から原告の主張する商品をそれぞれ買受けたものである。

1  被告花井利株式会社が破産者から買受けた商品は数量の不足、品質不良等のため同被告が右の商品を他に売却したところ合計金四六万九、六二六円で売却できたにすぎなかった。

しかして右の商品の実質的な価額は右の額以上のものではなかったのである。

2  被告原田株式会社が破産者から買受けた商品は数量不足、品質不良等のため同被告が右の商品を他に売却したところ合計金四七万八、三九〇円で売却できたにすぎなかった。

しかして右の商品の実質的な価額は右の額以上のものではなかったのである。

3  被告遠藤堅が破産者から買受けた商品は、数量の不足、品質不良等のため合計金一二〇万円で他に売却できたにすぎなかった。

しかして右の商品の実質的な価額は右の額以上のものではなかったのである。

(三)  同(三)(四)の事実は否認する。

五、抗弁

(一)  被告らは破産者から右の商品を買受けた時、破産者の右の売渡行為が他の破産債権者を害するものであることを知らなかったものである。

(二)  仮に右が理由なしとするも、被告らが原告に返還すべき金員は右の商品と客観的に同価値のものに限定さるべきである。

すなわち前記四(二)で述べたように被告花井利株式会社は破産者から金四六万九、六二六円相当の商品を買受けたものであり、同原田株式会社は破産者から合計金四七万八、三九〇円相当の商品を買受けたものであり、同遠藤堅は破産者から合計金一二〇万円相当の商品を買受けたものであるから、被告らは原告に対してそれぞれ右の金員を返還すればよいわけである。

六、抗弁に対する答弁

全部否認する。

七、証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二、原告は破産者において破産法七二条一号又は四号に該当する行為を被告らに対してなした旨を主張し、被告らはこれを争うのでまずこの点について審案する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

破産者長尾桂八郎は昭和三四年頃から一宮市伝馬通一丁目九番地において丸万商店の屋号で婦人子供服の卸販売業を営んでいた。そして被告らは破産者の取引先(主として仕入先)であり、昭和四三年三月二〇日頃破産者に対して被告花井利株式会社は手形金及び売掛金合計金一四三万五、五七六円の債権を有しており、被告原田株式会社は手形金合計金二二三万五、四五四円の債権を有しており、被告遠藤堅は手形金及び売却金合計金八〇六万一、一六八円の債権を有していた。しかるところ破産者は昭和四二年三月頃大口の取引先であった訴外佐治一男の倒産のあおりを受けて以後赤字経営が続くようになり、ついに同四三年三月二五日に支払期日の到来する支払手形の決済ができないようになった。

そこで破産者は同月二二日頃大口債権者である被告遠藤堅方に赴き右の手形の決済資金の融資方を依頼したが、同被告は右破産者の依頼を拒否した。そして破産者が同被告に右の依頼をしているところへ被告花井利株式会社の専務取締役をしている訴外花井利之と被告原田株式会社の代表取締役が来合わせ、被告ら三名に破産者の経済状態がわかってしまったのである。そこで被告らは破産者の在庫商品(簿価合計約金七〇〇万円相当のもの)を、破産者に対して交付するよう要求し、破産者において従業員の給料を支払わなければならないから待ってほしい旨の要請にもかかわらず、破産者から同日頃被告花井利株式会社において簿価合計金一五〇万二、二二八円相当の商品(別紙第一記載の商品、但し数量不足等により金二七万八、六二〇円を減額)の、被告原田株式会社は簿価合計金一八三万三、四五五円相当の商品(別紙第二記載のもの、但し数量不足等により金三三万〇、五六五円を減額)の、被告遠藤堅において簿価合計金三四一万五、四一八円相当の商品の交付を受けたのである。そして被告らは破産者から右の商品を買受けたこととし、破産者に対する前記売掛代金、約束手形金債権と対当額で相殺したうえ、残額(被告花井利株式会社は金一四三万五、五七六円、同原田株式会社は金四〇万二、〇〇九円、同遠藤堅は金四七〇万円)の債権について、当裁判所に破産者に対する破産債権として破産債権届出をなしたのである。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(二)  右の認定事実によると、破産者は昭和四三年三月二五日の支払手形の決済ができないものでありながら、同月二二日頃被告らに対してその代金に相当する金員は破産者の被告らに対して負担していた債務と相殺する約定のもとに、在庫商品のほとんどすべてを被告らに交付したものである。したがって破産者の右の行為のために責任財産である破産財団を減少させ、一般債権者が満足を得られなくなるものであるから、破産者は破産債権者を害することを知りながら右の行為をなしたものであるというべきである。

そして以上の認定判断によれば破産者は自己の被告らに対する債務の弁済に代えて前記の商品をそれぞれ被告らに交付したものと推認するのが相当である。

しかして被告らの破産者に対する債権のうち右により弁済がなされたものとすべき額は前記事実関係によれば被告花井利株式会社は金一二二万三、六〇八円であり、被告原田株式会社は金一五〇万二、八九〇円であり、被告遠藤堅は金三四一万五、四一八円である。

三、被告らは右の行為の当時破産債権者を害すべき事実を知らなかったものである旨を主張するけれども、前記認定の事実関係によれば、被告らはいずれも破産者が昭和四三年三月二五日に支払期日の到来する支払手形の決済ができなくなるという事実を知っていたものであることがたやすく推認できるから、被告らが破産者から昭和四三年三月二二日頃本件代物弁済を受けた時点において、右の代物弁済が破産債権者を害するものであるとの事実を知っていたものと推認すべきである。

したがってこの点に関する被告らの主張は理由がない。

四、次に被告らは、被告らが原告に返還すべき金員は、前記商品と客観的に同価値のものに限定さるべきであると主張するので、以下この点について審案する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、被告花井利株式会社が破産者から交付を受けた商品は昭和四三年一二月頃までの間に合計金四六万九、六二六円で同被告において他に売却できたものであること、被告原田株式会社が破産者から交付を受けた商品は昭和四三年一二月頃までの間に同被告において合計金四七万八、九三〇円で他に売却できたものであること、被告遠藤堅が破産者から交付を受けた商品は同被告において合計約金一二〇万円で他に売却できたものであること、右のように被告らが当初予定していた金額(前記二の金額)よりもかなり廉価にしか売却できなかった理由は、右の破産者から交付を受けた商品は当初当事者が予定していただけの数量がなく、またいわゆるB反ものであって、しかも時期的にかなり古いものがあり、ために瑕疵の多いものであったことによるものであること、以上の事実が認められ他に右認定に反する証拠はない。

(二)  以上の認定事実によれば、被告らが本件代物弁済によって現実に受けた利益は、それぞれ右に認定した金額を超えるものではなかったものであると推認するのが相当である。

(三)  右の認定判断によると、被告らの前記主張は、破産者から、代物弁済として交付を受けた商品の数量の不足及び右の商品に瑕疵があることによる瑕疵担保(代金減額請求に準ずる請求)と解するのが相当である。(商法五二六条、民法五六五条参照)

(四)  しかして代物弁済がなされた場合には本来の給付よりも代物給付の額が不足していても原則として金債務消滅の効果を生ずるものである。

しかし代物弁済契約も有償契約であるから瑕疵担保の規定が準用されるものと解すべきである。

また破産法七七条一項七九条によれば破産者のなした行為が否認された場合においては破産財団との関係においてさかのぼってその行為がなかったことになり、これによって生じた破産者の財産の減少は復元し、相手方がその受けた給付又はその価額を償還したときは相手方の債権が復活する旨が定められているのである。

そうとすると相手方が現実に給付を受けた物を返還すればそのまま相手方の債権が復活するのに、本件のように被告らにおいて破産者から交付を受けた商品の数量の不足と瑕疵のために廉価にしか売却できなかった場合において、被告らが原告に対して前記二で認定判断した金員を償還しなければならないとすると、当事者の公平を著しく害する結果となることは明らかである。

したがって本件においては、被告らの前記代金減額請求に準ずる請求は有効であるといわなければならない。

そうすると被告らの破産者に対する債権は前記(一)で認定した限度でしか消滅しなかったものというべきである。

(五)  更に原告の本訴請求は被告らが破産者から交付を受けた商品の返還に代る代償請求であると解される。

したがってこの代償請求における金額の算定は右の商品の返還が不能となった時点における商品の価値と同額でなければならないものである。

そして被告らにおいて右の商品の返還が不能となった時点は前記(一)における認定判断に照らすとおそくとも昭和四三年一二月中のことであり、その時における右の商品の価額は右(一)で認定した額を超えるものではなかったのである。

そうするとこの理由によっても被告らは原告に対して前記二で認定判断した金員を支払わなければならないものということはできない。

(六)  してみると被告らはそれぞれ原告に対して、被告らが現実に受けた利益(前記(一)で認定した金額)を償還すれば足るものと解するのが相当である。

五、なお原告は被告らに対して、原告が請求している金員につき被告らが本件代物弁済を受けた日である昭和四三年三月二二日から支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めている。しかし被告らの原告に対する右の償還債務は期限の定めのない債務であるというべきであるから、右の遅延損害金は本件訴状が被告らに送達された日の翌日であること記録上明白な昭和四三年一〇月二七日から発生するものといわなければならない。

六、してみれば、原告の本訴請求は、被告花井利株式会社に対して金四六万九、六二六円、被告原田株式会社に対して金四七万八、三九〇円、被告遠藤堅に対して金一二〇万円及び右各金員に対する昭和四三年一〇月二七日から支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから正当として認容し、その余は失当として棄却し、民事訴訟法九二条本文一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋爽一郎)

<以下省略>

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